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半ば備忘録

空襲時における退去及び事前避難に関する件(昭和16年12月7日)

一次改正防空法の「退去の禁止」を国民に強制した根拠として挙げられる通達「空襲時における退去及び事前避難に関する件」の全文を多少書き下して掲載する。
この通達は「①退去」「②事前避難」の二つの項目からなる。退去の禁止の根拠として掲載される際は大抵①のみピックアップされるが、この通達はあくまで②とワンセットで、空襲から遡ると時間軸上は「空襲→②→①」の順になる。つまり退去とは空襲が発生する前に建物から転出する事、事前避難は空襲直前の避難行動を示しており、退去と避難を混同すると意図が不明になる事に留意されたい。なお退去は禁止とされながらも転出入は戦時中でも可能で、太平洋戦争開戦直前のこの通達の意味は当時の日本人の移動動向をしっかり把握した上で解釈する必要がある。

「①退去」の肝はもちろん「退去は一般に禁止」だが、「現在予想される敵の空襲は老幼病者等の全部が退去するを要する程度に非ず」も重要である。この時点で行政には大戦末期の無差別空襲が予想できておらず、またこの通達の本質はパニックへの恐れにある事がわかる。

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空襲時における退去及び事前避難に関する件
昭和16年12月7日 防第5782号)
各庁府県長官宛

標記の件に関しては爾今左記の方針に依ることに決定相成り候條(ゆえに)御了知の上これが指導に関し万(よろず)遺憾なきを期せられたく依命この段に及び通牒候なり

一、退去

(一)退去は一般にこれを行わしめざること
(二)老幼病者等の退去についても現下の空襲判斷上全般的計画的退去を行わしめざるは勿論、左により努めてこれを抑制するよう一般を指導すること
(イ)老幼病者に対して絶対に退去を慫慂せざる(奨めない)こと
(ロ)現在予想せらるる敵の空襲は老幼病者等の全部がこれを退去するを要する程度に非ずむしろ退去に伴う混乱、人心の不安等による影響大なるべきことを一般に徹底せしむること
(三)前二号によるもなお退去せんとする者ある場合は適宜統制を加え混乱を未然に防止するよう努むること

二、事前避難

(一)事前避難については防護力低き施設に多数集団的に避難せしむるよりもむしろ各戸の簡易待避施設に分散待避せしむる方が実害少なきことを認識せしむること
(二)現在の公共防護室または公共防空壕の整備の状況に鑑みこれに避難を認むるはその近隣に存在する老幼病者等に限ることとしその他の老幼病者は各戸の簡易待避施設に分散待避せしむること
(三)事前避難の場所およびこれに収容すべき避難者に関しては具体的に調査確定し置くこと
(四)通行人等は公共防護室又は公共防空壕に待避せしめざること。なお地下鉄は事前避難又は待避の場所に充用せざること